99年次報告書当研究室では、表面物性、特に「表面輸送」をキーワードにして、固体表面特有の様々な構造と現象について実験的研究を行っている。特に、シリコン単結晶表面上に形成される種々の表面超構造を利用し、それらに固有な表面電子バンドの電子輸送特性を明らかにし、バルク電子状態では見られない新しい現象を見い出すことをめざしている。そのために、表面構造の制御・解析と同時に、表面電子状態や電子輸送特性もあわせて研究している。特に、従来から研究例の少ない低温領域で、新しい表面相転移を見い出し、表面電気伝導との関連も明らかにしようとしている。さらに、表面近傍での電子励起やフォノン構造、原子層・分子層の成長構造と電子輸送特性との関連、エレクトロマイグレーションなどの表面質量輸送現象と表面電気伝導との関連など、多角的に研究を行っている。また、これらの研究のために、新しい手法・装置の開発も並行して行っている。以下に、本年度の具体的な成果を述べる。 表面電子輸送マイクロ4端子プローブによる表面電気伝導の測定昨年に引き続き、デンマーク工科大学マイクロエレクトロニクスセンターで開発されたマイクロ4端子プローブ(プローブ間隔;4〜20μm)を当研究室所有の超高真空走査電子顕微鏡・MBE装置に組み込み、表面超構造を制御しながらミクロな領域の表面電気伝導度を測定した。昨年、プローブ間隔を数μm程度に縮小すると、mm程度の4端子法に比べ、表面感度が1桁以上向上することを見い出したが、今年度は、その高感度性を利用して、電気伝導に与える表面欠陥の影響を明らかにできた。すなわち、ステップバンド(単原子高さの表面ステップが50本ほど密集した領域)を跨いで電気抵抗を測定すると、ほとんどステップ・フリーのテラス上で測定した電気抵抗より、はるかに高いことがわかった。Si(111)-7×7清浄表面の場合は約2桁高く、Si(111)-√3×√3の場合は、約5倍高かった。この結果は、表面電子バンドや表面直下を流れるキャリアがステップ端に散乱されて抵抗を生じていることを直接示している。この結果から、電子波動関数のステップ端での透過率が求められた。[11,16,18,21,30,34,37,38,39,40,43,46,53,54,64,65,66](デンマーク工科大学マイクロエレクトロニクスセンターとの共同研究) 独立駆動型4探針STM装置の開発4つのプローブが独立してナノメータスケールでポジショニングできる究極的な局所4端子法の測定機器として、「独立駆動型4探針超高真空STM(走査トンネル顕微鏡)装置」を製作し、ほぼ完成した。本装置の特色を挙げると、(1)走査電子顕微鏡による4つの探針位置と試料表面のその場観察が可能、(2)反射高速電子回折(RHEED)による試料表面の構造のその場観察が可能、(3)それぞれのプローブがSTMと等価な機能を持つ、(4)STM測定と4端子法プローブ測定の機能切り替えを備えた測定系、などである。それぞれのプローブのユニットはOmicron社のマイクロスライドで粗動を、ピエゾ素子で微動をつかさどっている。プローブ間隔として600nmまで近づけることに成功した。今後、この装置を用いて、(1)4端子法におけるプローブ間隔をミリメータオーダーからナノメータオーダーまで変化させたときの表面電気伝導度の変化、(2)単原子層ステップの表面電気伝導度に与える影響、(3)プローブを任意に配置することで、一次元性の強い原子配列をもつSi(111)-5×2-Au表面やSi(111)-4×1-In表面などの表面電気伝導度の面内異方性、などについて調べる。[21,37,40,43,53,54,57,62,64,65,66] Si(001)表面上でのAg原子層のunwettingと電気伝導Si(001)-2x1清浄表面上にAgを蒸着していくと、蒸着膜厚が40原子層程度で電気抵抗が一時的に急上昇することを見い出したが、STMによる観察からこの蒸着量では60nm程度のアイランドが形成されていることがわかった。一方、この清浄表面上にわずか0.5原子層のAgを蒸着して作られるSi(001)-2×3-Ag表面超構造上に同様にAg原子層を成長させた場合には、このような抵抗の急激な上昇が起こらないことを発見した。RHEED、LEED、および光電子分光法による測定から、それぞれのAg原子層の成長様式に大きな違いがあることが明らかとなった。2×1清浄表面上では、Ag(001)面およびAg(111)面をもつAg原子層が成長しているが、2×3-Ag表面上では、Ag(001)面の原子層しか成長しない。また、後者が単純な3次元核成長様式をとるのに対し、前者はこれまでには報告の無い複雑な成長様式をとる。すなわち、蒸着量の増加に伴って、Ag(001)面の原子層島がAg(111)島に転移しながらunwettingを起こす。これが、電気抵抗の特徴的な変化の原因であると考えられる。[23,47,61](東京大学理学系研究科スペクトル化学センターとの共同研究) Si(111)-4×1-In表面の電気伝導Si(111)-4×1-In表面は、擬1次元金属的な表面電子状態を持ち、約130Kに冷却するとパイエルス転移を起こして電荷密度波(CDW)を形成することを昨年度見い出した。我々は、次に、その表面電子バンドの電気伝導を検出しようとしている。伝導度の温度変化はまだ測定できていないが、低温CDW相の表面上に微量のInやAgを追加蒸着すると、CDW相が破壊されることを見い出し、そのとき、伝導度が変化するをとらえた。つまりCDW相が破壊され、擬1次元金属相が回復すると伝導度が上昇した。これは、4×1相の金属的な表面電子バンドの伝導度を検出している可能性があるので、今後、光電子分光測定と組み合わせた解析をする予定である。[48] 表面超構造と相転移低温でのSi(111)-√21×√21-Ag表面の電子状態Si(111)-√3×√3-Ag表面を250K以下の低温に保って、その上に0.2原子層程度のAg原子を追加蒸着すると、√21×√21表面超構造が形成され、表面電気伝導度が急増することを我々が見い出している。この表面相の表面電子状態を、筑波KEKのフォトンファクトリー(PF)において角度分解光電子分光法と内殻光電子分光法を用いて測定した。その結果、フェル準位を横切る放物線的な表面電子バンドが見い出され、また、表面空間電荷層は空乏層になっていることも分かった。この結果から、高い表面電気伝導度は、この自由電子的な表面電子バンドに起因することがはっきりした。このような電子状態や伝導特性は、Agの代わりにAuを吸着させたときに形成される√21×√21-(Ag+Au)表面超構造と酷似している。[24,60](東京大学理学系研究科スペクトル化学センターおよび物性研究所筑波分室との共同研究) 擬1次元構造の電子状態:Ca吸着Si(111)表面Ca吸着Si(111)表面に形成される一次元的表面超構造の電子状態を調べた。微斜面基板を用いることにより一連の表面超構造をシングルドメインで作成することに成功したので、PFで角度分解光電子分光法によって表面電子バンドを求めた。その結果、3×2-Ca表面の表面電子バンドは少なくとも3つ在り、半導体的であることがわかった。また、結合エネルギーが最低のS1バンドは、その分散の異方性から、縞状構造の列内に局在している一次元的電子状態であることもわかった。内殻準位光電子分光測定では、Si2p内殻準位にはバルク成分に対して結合エネルギーの低い側と高い側にそれぞれ1つの表面成分があることがわかった。これらの結果のうち、S1バンドの[110]方向の分散が大きいこと以外は、アルカリ金属原子吸着による3×1構造のものと共通するので、互いに類似した構造であると考えられる。現在、これまでに測定したSTMの結果などと合わせて、アルカリ金属原子吸着による3×1構造に対して提唱されているHCC(HoneycombChain-Channel)モデルに2倍周期の変調を加えた構造モデルを検討している。[22,49](東京大学理学系研究科スペクトル化学センターおよび物性研究所筑波分室との共同研究) IV族原子吸着Si(111)-√3×√3表面のCDW転移Si(111)表面上に1/3原子層のPbが吸着した時に形成される√3×√3表面超構造を150K程度に冷却すると、3×3構造に転移することを昨年までに見い出し、調べてきた。今年度、Pbの代わりにSnを吸着させて同様の観察をしたところ、ほとんど同じ現象が見られた。これらは、PbまたはSnが吸着したGe(111)-√3×√3表面上で見られる3×3相へのCDW転移と酷似しており、IV族原子が作る金属的表面電子状態を持つ√3×√3表面に共通して現れる現象のようだ。[56,63] 擬1次元表面Si(111)-4×1-Inの電子状態昨年、この表面が130K程度でパイエルス転移を起こすことを見い出したが、今年度、さらに詳しく表面電子状態を調べるため、南パリ大学の放射光施設LUREで高分解能光電子分光測定を行った。その結果、30Kまで冷やしたCDW相でのIn原子の内殻準位エミッションから金属的性質が残っていることが明かとなった。また、フェルミ準位近傍のスペクトルでは、フェルミ端は消えたものの、完全なエネルギーギャップが見えなかった。これらから、パイエルス転移から期待される単純な金属・非金属転移ではなく、フェルミ液体・非フェルミ液体転移の可能性を検討した。(プロバンス大学および南パリ大学との共同研究) 表面電子励起Si(111)-√3×√3-Ag表面電子バンドの2次元プラズモン固体、液体、電離気体を問わず2次元系のプラズマは自然界において珍しく、これまで殆ど観測例がない。最近我々はSi(111)-√3×√3-Ag表面の表面電子バンド中に閉じ込められた、2次元量子液体とみなせる電子系のプラズマ(シートプラズモン)の測定に成功した。電子系が固体相か液体相かについて検証するため、分散関係を理論と比較した。その結果、弱い相互作用を仮定するRPA理論とほぼ一致することを明らかにした。同時に、横波モードが観測されなかった事実からもこの電子系はウィグナー固体相ではなくフェルミ液体相であることも見出した。さらに、フォノン散乱、不純物散乱以外の未知の減衰プロセスがあることも見出し、この減衰過程に量子液体としての特徴が発現しているとする解釈を提案した。[20,42,45,50,52](ハノーバー大学固体物理学研究所との共同研究) Si(111)-4×1-In表面の擬1次元プラズモンSi(111)-√3×√3-Ag表面における2次元プラズモン(シートプラズモン)の測定に引き続き、今度は異方性の強いSi(111)-4×1-In表面のプラズモン分散関係の測定を試みた。その結果、2次元プラズモンの場合と同様に波数0の極限で0エネルギーへと分散する構造が観測された。この構造は幾つかの分枝の重ね合わせであるらしく、エネルギー損失スペクトルにおける構造はSi(111)-√3×√3-Ag表面の場合に比べてブロードである。これは、この系には複数の金属的表面電子バンドが存在することと矛盾しない。また1次元金属性の高い方向からずれた方位で角度分解測定を行うと、エネルギー損失ピークの分散が小さいことがわかり、プラズモン分散に異方性があることが明らかになった。[55](ハノーバー大学固体物理学研究所との共同研究) 原子層・分子層の成長Si表面上のBi超薄膜の異常な成長
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